札幌地方裁判所室蘭支部 昭和55年(ワ)109号 判決 1981年3月17日
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
一 (当事者双方が求めた裁判)
原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告両名に対し、各金一〇〇〇万円およびこれらに対する昭和五四年一〇月三一日から右各支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決、ならびに金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求めた。
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
二 (原告らの請求原因)
1 原告宮城島達哉は訴外亡宮城島英之(昭和三四年八月五日生、昭和五四年五月三日当時北海道薬科大学一年生)(以下「亡英之」という。)の父であり、原告宮城島松子はその母であるところ、亡英之は、昭和五四年五月二日午後八時ころから、いずれも当時北海道薬科大学の学生であつた被告、訴外亡渡辺正也(以下「亡渡辺」という。)および訴外亡林幸生(以下「亡林」という。)の三名とともに、札幌市のトヨタレンタリース株式会社から借り受けた普通乗用自動車(車両番号札五五れ五〇四三)(以下「本件車両」という。)に乗り込み、小樽市桂岡町にある下宿先を出発して、函館方面にドライブに出かけたものであるが、函館から帰宅途中の翌五月三日午前五時四〇分ころ、亡英之ら四名の乗つた本件車両が北海道虻田郡虻田町字清水一一番地付近の国道三七号線を室蘭方向に向つて走行中、本件車両を運転していた被告がスピードを出し過ぎたため、ゆるい下り坂のカーブを曲り切れず、本件車両を車道左側のガードレールに激突させ、その結果、本件車両の助手席の後部座席に同乗していた亡英之、助手席に同乗していた亡渡辺および運転席の後部座席に同乗していた亡林の三名が死亡した(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故は、被告が本件車両を時速約一〇〇キロメートルの猛スピードで運転し、かつ、前方注視義務を怠つた過失によつて発生したものであるから、被告は、民法七〇九条に基づき、原告らの被つた後記3記載の損害を賠償すべき義務がある。
3 損害
(一) 亡英之の逸失利益(金三九七四万円)
亡英之は、死亡当時満一九歳の健康な男子で、北海道薬科大学の一年生であつたから、本件事故によつて死亡しなければ卒業時(満二三歳)から満六七歳までの四四年間稼働して収入を得ることができた筈である。
そこで、昭和五二年度賃金センサス第一巻第一表「旧大・新大卒の年間平均給与額」金三四六万七三〇〇円を基礎として右収入を計算し、右収入から控除すべき生活費は全稼働期間を通じて平均二分の一とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、死亡当時の現価を求めると、金三九七四万円(金一万円未満切捨)となる。
(二) (相続)
原告両名は、亡英之の死亡により、亡英之の右損害賠償債権の各二分の一である金一九八七万円宛を相続して取得した。
(三) 原告らの慰藉料(各金五〇〇万円)
亡英之は、原告らの一人息子であり、その急な事故死による原告らの失望と悲嘆は筆舌に尽し難いものがある。
右の精神的苦痛を慰藉するに足る額としては、少くとも各金五〇〇万円の支払をもつて相当と考える。
(四) 原告らの出費(各金二五万円)
原告らは、亡英之の葬儀費用として多額の支出をしたが、本件訴訟において各金二五万円の支払を請求する。
(五) 弁護士費用(各金一〇万円)
原告らは、本件訴訟を提起するに当り、本件訴訟の提起およびその訴訟追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その費用として各金一〇万円宛を支払つた。
4 よつて、原告らは、被告に対し、民法七〇九条に基づき、その固有の損害である前記3、(三)ないし(五)の合計各金五三五万円および亡英之の損害を相続した同(二)の各金一九八七万円との合計各金二五二二万円の一部額である各金一〇〇〇万円、ならびにこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一〇月三一日から右各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 (請求原因に対する被告の答弁)
原告主張の請求原因1の事実のうち、本件事故当時、被告が本件車両を運転していたこと、亡英之が本件車両助手席の後部座席に同乗していたことはいずれも否認し、その余の事実は認める。本件事故当時、本件車両を運転していたのは亡英之であり、被告は本件車両助手席の後部座席に同乗していたものである。
同2の事実は否認する。
同3の各事実はいずれも不知。
四 (証拠関係)〔略〕
理由
一 原告らが亡英之(昭和三四年八月五日生、昭和五四年五月三日当時北海道薬科大学一年生)の父母であること、亡英之が昭和五四年五月二日午後八時ころから、いずれも当時北海道薬科大学の学生であつた被告、亡渡辺および亡林の三名とともに、札幌市のトヨタレンタリース株式会社から借り受けた本件車両に乗り込み、小樽市桂岡町にある下宿先を出発して函館方面にドライブに出かけたこと、函館から帰宅途中の翌五月三日午前五時四〇分ころ、亡英之ら四名が乗つた本件車両が、北海道虻田郡虻田町字清水一一番地付近の国道三七号線を室蘭方向に向つて走行中、スピードの出し過ぎにより、ゆるい下り坂のカーブを曲り切れず、車道左側のガードレールに激突し、その結果、亡英之、亡渡辺および亡林の三名が死亡したこと(本件事故)、右事故当時、本件車両の助手席には亡渡辺が、運転席の後部座席には亡林がそれぞれ同乗していたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 ところで、原告らは、本件事故当時、被告が本件車両を運転していたと主張しているが、右原告らの主張事実に添う原告宮城島達哉本人の供述は、単なる主観的推測の域を出ないものであつて、後記各証拠に照してたやすく信用できず、他に右原告らの主張事実を認めるに足る証拠はない。
かえつて、前記一に認定の事実に、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第二、三号証、いずれも原告ら主張の写真であることについて争いのない甲第三号証の一ないし二二、証人阿部宗之進、同薄木紀雄、同仲重雄の各証言、被告本人尋問の結果、検証の結果、ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、(1)、被告、亡英之、亡渡辺および亡林の四名は、いずれも北海道薬科大学の学生で、同じ下宿に住む仲間同士であるところから、昭和五四年四月末ころ、四名でレンタカーを借りて函館方面へドライブに出かけることを計画し、右四名の中で唯ひとり普通自動車の運転免許を有する被告(運転免許取得は昭和五三年四月)が、亡英之とともに札幌市のトヨタレンタリース株式会社へ赴き、被告の名義で本件車両を借り受けてきたこと、なお亡英之も昭和五四年三、四月ころに普通自動車の仮運転免許を取得していたこと、(2)、そこで、被告ら四名は、昭和五四年五月二日午後八時ころ、被告が運転する本件車両に乗り込み、小樽市桂岡町にある下宿を出発して函館方面へドライブに出かけ、同日夜中ころ、函館山の山頂に到着したこと、そして、右函館山の山頂に至るまでの間、亡英之は、下宿を出発する際に本件車両を操縦して方向転換を行なつたほか、倶知安付近において約二〇〇メートルの間、被告と本件車両の運転を交替し、さらに、函館山の山頂付近の駐車場で、本件車両の運転練習を行なつたこと、(3)、その後、被告ら四名は、亡英之の運転で函館山を下り、函館の市街から被告が本件車両を運転して長万部のドライブインに至り、同所で休憩を取つたのち、右ドライブインからは、本件車両の助手席に亡渡辺、運転席の後部座席に亡林、助手席の後部座席に被告がそれぞれ同乗したうえ、亡英之が本件車両を運転し、洞爺湖から中山峠を経由して小樽に帰るべく、国道三七号線を室蘭方向に向つて東進したが、同月三日午前五時四〇分ころ、北海道虻田郡虻田町字清水一一番地付近にさしかかつた際、亡英之がスピードを出し過ぎたうえに、運転技術が未熟であつたため、西方から東方へ向け右に曲るゆるい下り坂のカーブを曲り切れず、本件車両を車道左側のガードレールに激突させ、その結果、亡英之は頭部陥没骨折挫傷により、亡渡辺および亡林はいずれも頭蓋骨骨折による脳幹損傷により、それぞれ死亡したこと、(4)、なお、被告は、右激突直後身体のあちこちをぶつけるような感じになり、その後一時的に意識不明になつたものの、身体が助手席の後部座席から運転席の方に移動したのみで、車外へ飛び出なかつたため、軽い負傷ですんだこと、(5)、被告は、自力で本件車両を脱出し、亡英之ら三名を捜したところ、右三名は、路上に到れており、未だ生存しているように思われたので、本件事故現場を通りかかつた貨物自動車に乗せて貰い、最寄りの虻田の警察官派出所に赴き、本件事故を申告するとともに、救急車の手配方を依頼し、直ちに本件事故現場に引き返したところ、亡英之はその場で既に死亡が確認されており、亡渡辺および亡林の両名は、救急車で病院に運び去られていたこと、(6)、そして、間もなく札幌方面伊達警察署の警察官らが本件事故現場に臨場したので、被告は、実況見分に立会して指示説明をするとともに、右警察官の尋問に対し本件事故当時本件車両を運転していたのは亡英之である旨を供述したが、その際亡渡辺および亡林の死亡は未だ確認されていなかつたし、被告自身右両名が死亡するとは夢想だにしていなかつたこと、尋問した警察官も右両名は助かると思い、「嘘をついてもすぐわかるぞ。」などと言つて被告を追及したが、被告の答は変らなかつたこと、したがつて、被告が本件事故当時自己が本件車両を運転していた事実を隠して、亡英之が運転していた旨の虚偽の供述をする余地はなかつたこと、なお、被告は同日昼ころ右両名の死亡を知つたが、その後も警察の取調べに対し一貫して右と同一の供述を繰り返し、取調べた警察官も被告が嘘をついているとは認められないと判断したこと、(7)、本件車両の破損状況を見ると、右側前後ドア部分の破損程度がひどく、それは衝突による衝撃によるものと推定されること、またその破損の形態、右部分に印象されている痕跡、さらには車両左側部分の破損は最初にガードレールに衝突してできたものとは思えないことから、本件車両は最初にその右側部分がガードレールに衝突したものと推定され、その衝突の衝撃の程度から本件車両を運転していた者は相当程度の負傷をする(被告のごとき軽傷では済まない)と考えられ、しかも亡英之の右肘頭部脱臼・骨折及び裂傷の傷は、同人が運転席に居たがために生じた傷と思料されること、(8)、本件事故の捜査に当つた前記伊達警察署の警察官らは、被告が唯ひとりの生存者であつて、かつ、運転免許取得者であつたので、右被告の供述をそのまま信用することなく、果して被告が本件車両を運転していなかつたのかどうかについて慎重な捜査をしたが、(イ)鑑識の結果、本件車両のハンドルから被告の指紋のほか亡英之の指紋も検出されたこと、(ロ)本件事故発生直前に本件車両に追い越された中村某が、本件車両の運転ぶりが相当に未熟であつた旨を供述し、その供述にかかる運転者の体格・服装と亡英之のそれがほぼ合致したこと、(ハ)被告に対するポリグラフ検査の結果は、被告が嘘をついているとは認められないとの結論であつたこと、以上の諸事実等を勘案した結果、伊達警察署は、本件事故当時本件車両を運転していたのは亡英之に間違いないものと断定し、右捜査の結果については、北海道警察本部もこれを了承したこと、以上の事実が認められる。
そうだとすると、本件事故当時、亡英之が本件車両を運転していたのは明白であつて、被告は本件車両を運転していなかつたものというべきであるから、前記原告らの主張は失当である。
三 よつて、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、いずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松浦繁 三浦潤 榎本巧)